I am Japanese

見た目はフィリピン人、頭脳はからっぽ、その名は日本人トミー!

ブキッラワン ジャングルトレッキング②

 

崖ではないんだけど木の根っこをつけみながらよじ登ったり降りたり、、、何度も滑ってヒヤヒヤしながら、なんとか川に到着!

パンツまでズブ濡れだけど、汗だくだったからちょうど良かったかも(´―`)

 

そしてガイドのキキとアシスタントのビムラ。私たちのバックパックを二重にしたビニール袋に入れて自分たちの分と一緒に大雨の中ずっとかついでくれていたのです!

わたしは全部ジプロックに入れていたから大丈夫だよって言ったんだけど、大丈夫だから入れろって言ってかついでくれました。

私なんかは滑る道だから両手使って、時にはおしりつけて下ったりもしてたんだけど、二人は片手で荷物担いで足だけでスイスイ進んでいました。

なんという足腰の強さ!!!尊敬!!!やっぱりジャングル育ちは違う!

ほんとに頼れるガイドでした。

 

キャンプは大きなブキッラワンの村までつながっている川沿いでします。

他のツアー客たちもみんなそこ。

着いたら、別のアシスタントが先に来ていて木と木の間に張ったビニールの中に私たちのためのテントを建てて煮炊きをして待っていてくれました。

翌日はこの川をゴムチューブに乗って一気に村まで下っていくのですが、その巨大なゴムチューブも彼が運んできてくれていました。

毎日このジャングルを重たい荷物をもって上って下って、、、なんと過酷な仕事なのかと感謝しかありません。

 

私たちは川で洗濯をして乾いた服に着替えて夕飯まで熱い紅茶とビスケットをいただきながらくつろぎます。

そして夕飯はとても豪華!カレーにココナッツで煮込んだカレー、豆腐の炒め物、いも餅みたいの、辛い野菜炒めなど品数豊富!ごはんも炊き立てで本当においしかった!

石で作ったトイレもあるしなかなか贅沢なキャンプでした。

 

夕飯を食べたあとはみんなでおしゃべりしたりゲームしたり、、、

 

そんな中、ドイツ人のダニエルが2003年にこのあたりであった洪水について聞くと、キキが語りはじめました。

(2003年にまさに目の前を流れるこの川が氾濫してブキッラワンを含めた周囲の村が流されて百人を超える死者が出て、いまだに行方不明者もいる大変な洪水がありました。)

 

「当時はまだガイドの仕事はしていなかった。夜寝ようと思ったら外から逃げろー逃げろー!という声が聞こえた。外を見てみると住人たちが逃げている。びっくりして自分の実家まで向かうと家族みんなで家のものを屋根に上げているところだった。

はじめ突然のことに呆然として何もできなかったが、ふと、こんなことをしていてはみんな死んでしまう。と体が反応し、母親と下の兄弟たちを先に避難させた。父とともに荷物を屋根に上げていたが川はどんどん増水してついに氾濫した。このままでは自分たちも命をおとすと思い父と逃げたが、すぐに父とははぐれ、川に流された。なんとか小さな気につかまり洞窟に入ったが洞窟の中は大きなトゲだらけ(←なぜかはよくわからず)。足を何本もの針が突き抜けていたが、まだ小さい兄弟たちのことを思うとここで死ぬわけにはいかないと力が湧いた。

なんとか非難して周囲の村をまわり家族たちを探した。母親と兄弟たちは見つかったが、いとこや親戚はたくさん流されて命をおとした。父はそのときのショックで精神を病んで今でもそのまま。一言もしゃべらずただ生きている。洪水のあと、服もお金も食べるものもなにもなく飢えがやってきた。父親はもう働けないから自分が働かなければならない。どんな仕事でもかまわなかったが、仕事はなかった。このままでは一家で飢えてしまうと思っているところに、白人がやってきて、マレーシアとの国境付近の島で仕事がある。10人必要だ。来ないか、と。もちろん友達をさそって飛びついた。バスに乗せられ、その後船に乗せられた。バスに乗っている間は朝昼夕と食事が出た。しかし船に乗ったとたん、一食も与えられない。島につくと、プラスチックの板の上で寝ろといわれ、翌朝からは働けと言われた。食事も与えずにどうやって働けというんだ!と怒ると銃を持ってきて、いいから働けと言われた。逆らった者は殺されるところだった。

仕事は森林を伐採して新しく木を植えてプランテーションを作る仕事だった。ほとんど食事は与えられず、川の水を飲んで働いた。インドネシアは1週間ごとに給料が出るから、まずは一週間がんばった。お金さえもらえれば家族に仕送りができるから頑張ろうと思ったが給料は出なかった。そこにはもう何十年もそこで奴隷のように働いている人が何人もいた。なぜこんなことをずっとやっているのか?家族に会いたいとは思わないのか?と聞くと『もちろん会いたい。でももう自分はここから出られない。It’s my life』と言った。自分はこうはなりたくないと思って友達を集めて相談し、逃げることに決めた。夜中にキャンプを出て海沿いの街まで山を何個も超えていった。会社にあった米やタバコ、麺などの食料も盗んで。街についてから、隠れていると一人の老人が声をかけてきて事情を説明すると『うちに来い』とかくまってくれた。すると街に銃を持った会社の人たちがやってきて自分たちを探しに来た。老人はみんな家の中にバラバラに隠れろと言い、隠れた。老人の家にも銃を持った男がやってきた。プランテーションから逃げたやつらを探していると。老人は『見てないな、見たらすぐに知らせるよ』といい、家には入られずにすんだ。

そして夜なってから使っていない船を用意してくれて逃げることができた。老人がいなければ自分たちは確実に殺されていた。お礼の仕様がなく、せめても、と盗んできた米などをすべて置いてきた。

スマトラになんとか着いたがブキッラワンまで帰る方法がない。そうしていると中国系の男が声をかけてきて、『君たちなにがあったんだ、事情を話してみなさい』と言ってきたのでこれまでのことを話した。すると店でただで働け、そのかわりに一週間働いたらブキッラワンまでのバス代をやろう、と言って働かせてくれた。

こうして自分はブキッラワンに帰ってきた。それからも紙を作るためのチップをつくる工場で働いて肺の病気になったりしたが、なんとか今こうして生きているよ」

 

と長い長い話だったが、まるで映画を一本見たかのような、つい13年前のこととは思えない出来事を語ってくれた。

 

そしてさらに、

「そもそも洪水が起こったのは過剰な森林伐採が原因なんだ。ジャングルが壊される前はこんなことは起きなかった。俺は昔、軍人になりたかったが、そのための学校はとんでもなく高くて自分には入ることはできなかった。だから小学校5年生で学校に行くのをやめて父親と働いていた。学はないが、生きるのに必要なことはすべてジャングルが教えてくれた。俺にとっての先生はジャングルと経験なんだ。英語だってジャングルから学んだんだ(←?笑)。

俺はジャングルからたくさんの物をもらったからジャングルに恩返しがしたい。それにブキッラワンの村が大好きだ。この村は観光なしでは成り立たない。だからジャングルの保護と観光客の受け入れを同時にやらなければならない。

そのために俺が考えているのは観光客一人につき1本ずつ木を植えてもらうことなんだ。そうすれば木はまた増えて、木を植えた人の子供や孫も、おじいちゃんが植えた木を見にまたやってくる。だけど、今のブキッラワンのジャングルツアーはツアーだけを扱っている会社というのは無く、ウェブサイトもない。ホテルでガイドをやとっていて、みんな予約するところが無いからもちろんホテルで予約する。だからツアー内容もガイドによって、ホテルによってバラババラなんだ。俺が目指しているのはツアー専用の会社を作ってウェブサイトも立ち上げて、ジャングルツアーを包括的に行うこと。そうすれば観光客はウェブでブキッラワンの情報を得られて観光客も増えるだろう。そしてその人たちが木を植えればジャングルも生き返る。これが本当のエコだと思う。これが俺の夢なんだ」

 

と。「俺がそんなことをしたらホテルのやつらすごい怒ると思うけどね!ヌハハハハ!」

と最後は大笑いしていた。

 

なんという人生を歩んでいるのかこの人は。

先進国の私には考えられない人生を歩んでいる。この時代に奴隷なんてものがいるなんて思いもしなかった。

身を裂かれるような思いも、理不尽なことも、命の危機にも何度も遭遇しているのに、それでもなお心だけはくすまず、笑顔を絶やさず明るく夢を語る彼を応援したくない人間などいないのではないか。

 

聞いていたのが私とドイツ人カップルの3人しかいなかったけど、まるでTEDのスピーチを聞いたような、そんな気分だった。

 

なんとか彼の夢が実現してほしい。会って1日だけど彼の人間力に魅せられた。

彼はホテルに雇われるガイドになりたくなくて、フリーのガイドとのこと。

個人的にガイドを頼んでくる人はいないから(ウェブサイトもなにもないから)、ホテルでガイドが足りなくなったときだけ呼ばれるため、月に1回しか仕事が無いこともあるそう。

こんなステキなガイドなのにもったいない!ほかのガイドさんがどんな人たちなのかは知らないけど、私はキキにガイドをしてもらって本当にラッキーだし光栄だと思う。

ありがとう。絶対また行きます。

 

そして!なんと一緒だったドイツ人のマークの仕事がウェブクリエイターだった!!

「連絡先を教えて、協力するよ!」とのこと。

パソコンに関しては疎くてウェブサイトなんてとてもじゃないけど作れなかったんだ!とキキも喜んでいた。

 

もう少ししたら、ブキッラワンジャングルツアーのウェブサイトができているかも、、、

楽しみが増えた!

 

キキの夢を通してジャングルがこれ以上壊されないよう願うばかりです。

 

本当に素晴らしい経験でしたジャングルツアー!

 

ということでジャングルにはまった私。笑

 

また違うジャングルに行こうかと考えています(∩´∀`)∩

 

みなさんも一度はジャングルに行ってみよーう!!